

沖縄県石垣島出身。
9歳から三線を始め、八重山民謡を愛しながら、音楽と福祉の世界で活動してきた、れいなさん。
現在は、線維筋痛症とともに生きながら、訪問介護ヘルパーとして働き、自身の経験をもとに、病気や「見えない痛み」について発信しています。
れいなさんが線維筋痛症と診断されるまでには、10年以上かかりました。
症状があるのに原因が分からない。
何度も医療機関を受診しても、なかなか診断につながらない。
周囲から症状を理解してもらえない。
そんな経験をしてきたからこそ、「同じ病気と生きる人に、ひとりじゃないと思ってほしい」という思いを持ち、患者さんの声を聞き、その声を社会へ届ける活動を続けています。
線維筋痛症(せんいきんつうしょう)は、全身や広い範囲に強い痛みが続く病気です。痛みは筋肉や関節など、体のさまざまな場所に現れます。そして、その痛みの場所や強さは、毎日同じとは限りません。日によって変わることもあれば、一日の中でも変化することがあります。また、台風や低気圧、気温の変化などの天候、睡眠不足、疲れ、激しい運動、感染症、精神的なストレスなどによって、症状が強くなることもあります。 痛みだけではありません。疲労感や全身のだるさ、頭痛、しびれ、睡眠の問題、めまい、動悸、集中力の低下など、さまざまな症状を伴うことがあります。 人によって症状や程度が異なるため、「線維筋痛症」と一言でいっても、そのつらさは一人ひとり違います。 そして、線維筋痛症の大きな特徴の一つが、外見からは症状が分かりにくいことです。元気そうに見えても、強い痛みや疲労を抱えていることがあります。そのため、「見えない病気」ともいわれています。 検査をしても明らかな異常が見つからないことがあり、診断までに時間がかかる場合もあります。
病気になって、知ることができた福祉の世界
れいなさんは、これまで訪問介護の仕事をしてきました。利用者さんのご自宅へ伺い、その人らしい生活を支える。ずっと「支える側」だったれいなさんが、病気になり、今度は「支えてもらう側」になりました。
そこで初めて知ったのが、福祉の制度、障害福祉、相談支援、社会保障など、それまで見えていなかった世界です。
そして、「困っている人がいても、制度を知らなければ支援につながれない」という現実にも気づきました。
病気になったことは、今でも簡単に受け入れられることではありません。
それでも、その経験があったからこそ知ることができた世界があります。
支える側だった自分が、支えられる側になったからこそ見えたこと。
その両方の経験を、これからの力に変えていきたい。
れいなさんは、福祉を学びながら、これからは相談支援にも挑戦したいと考えています。病気になったから、終わりじゃない。病気になったからこそ、新しく見つけられた道もある。


「島に恩返しがしたい」
2026年7月には石垣島を訪れ、線維筋痛症と向き合う患者さんや、医療・福祉に関わる方々の声を聞きました。
そこで考えたのが、沖縄(八重山)における線維筋痛症を取り巻く環境と、これから自分にできること。その根底にあるのは、「島に恩返しがしたい」という思いです。
患者として経験したこと。
介護福祉士として感じてきたこと。
そして、一人の人間として感じてきたこと。
そのすべてを無駄にせず、今度は誰かのために届けていきたい。
そんな思いで、一人ひとりの声に耳を傾けています。
三線・八重山民謡 × 福祉 × 線維筋痛症
れいなさんの活動を知って、私が特に惹かれたのが、三線や八重山民謡、福祉、そして線維筋痛症という経験が一つにつながっていることでした。
私は沖縄の三線の音色が好きです。
三線を聴くと、沖縄(八重山)の風景や空気、人の温かさを思い浮かべます。
そんな八重山民謡を大切にしてきたれいなさんが、福祉の現場で人の生活に寄り添い、自身の病気についても発信している。
音楽と福祉。故郷への思い。患者としての経験。誰かのために声を届ける活動。一見すると別々に見えるものが、れいなさんの中では一つにつながっています。
れいなさんの活動や線維筋痛症についての発信は、SNSだけにとどまりません。
これまでに、時事通信、Yahoo!ニュース、八重山毎日新聞などにも掲載されています。さらに、線維筋痛症についてのインタビューは、The Japan Timesにも掲載されました。
一人の患者として発信してきた声が、日本国内だけでなく、海を越えて届いています。
八重山毎日新聞
2026年8月8日には、地元・八重山毎日新聞に、れいなさんの活動についての記事が掲載されました。
タイトルは、「島に恩返しがしたい―同じ病気と生きる人たちの声を聞くことから―」です。
実はこの記事は、れいなさんにとって、人生で初めて自分自身で書いた記事でした。自分自身の経験。全国から寄せられた患者さんの声。そして、これから伝えていきたいこと。それらを、自分の言葉で一つひとつ書きました。文章を書くことも、新聞に掲載されることも初めて。完成した紙面を見たときには、とても感慨深い気持ちになったそうです。自分が生まれ育った石垣島で、線維筋痛症について発信する。それは、れいなさんにとって大きな意味を持つ出来事でした。
海を越えて届いた声
The Japan Timesにも、線維筋痛症についてのれいなさんのインタビューが掲載されました。線維筋痛症は、外からは見えにくい病気です。だからこそ、実際にその病気と生きている人の言葉には、大きな意味があります。「もっと多くの人に、この病気を知ってほしい」その思いを胸に、患者として、そして一人の発信者として、少しずつ声を届けてきました。その声が、石垣島から日本全国へ。そして海を越えて、世界へ。一人の当事者の経験が、誰かに病気を知ってもらうきっかけになっています。
ラジオ出演
そして、FM石垣サンサンラジオの「シマデキ!サーユイユイラジオ」への出演。放送では「線維筋痛症」「島の福祉」「れいなさんが今、石垣島で活動している理由」などについて、お話しされました。見た目では分かりにくい病気のこと。患者さんが抱えている現状。そして、誰もが安心して暮らせる地域について。一人の患者としての経験と、福祉の現場で働いてきた経験、その両方を持つれいなさんだからこそ伝えられることがあります。
一人ひとりの声が番組をつくる力となり、線維筋痛症や「見えない痛み」を知るきっかけにもなっていきます。
「病気になっても、夢を諦めなくていい」
れいなさんが大切にしている言葉があります。「病気になっても、夢を諦めなくていい」
そして、「あなたはひとりじゃない」ということ。
病気になることで、これまで当たり前だったことが難しくなることがあります。
周囲に理解してもらえないこともあります。
それでも、病気になったからといって、人生のすべてを諦めなければならないわけではありません。
自分にできることを探しながら、自分らしい方法で進んでいく。
れいなさん自身が、そのことを行動で示しているように感じます。
これからも、一歩ずつ
一人の患者さんの声が、誰かの心を動かすことがあります。一つの記事が、病気を知るきっかけになることがあります。そして、「自分だけじゃなかった」と思える人を生み出すこともあります。
病気になったからこそ見えた世界。支える側と、支えられる側、その両方を経験したからこそ分かること。
石垣島で聞いた患者さんの声。三線や八重山民謡への思い。これまでの福祉の経験。
その一つひとつを力に変えながら、れいなさんはこれからも歩いていきます。
沖縄(八重山)から、そして東京から。自分にできる方法で、誰かの声を届けていく。
そんなれいなさんの活動を、DARESHiMOGAとしても応援していきたいと思います。
病気になっても、夢を諦めなくていい。
あなたは、ひとりじゃない。
その言葉が、一人でも多くの人に届きますように。


