

海からの贈り物で「好き」を形にする、高次脳機能障害のアーティスト・シェルさん
今回DARESHiMOGAがご紹介するのは、名古屋を拠点に活動するシェルアーティストshellartistaiさんです。ここでは親しみを込めて、「シェルさん」とお呼びします。
シェルさんは、海から流れ着いた貝殻やシーグラス、シー陶器、シータイル、シーレンガなどを使い、ご自身の「好き」を作品として表現しています。
海から届いたさまざまな素材を組み合わせ、シェルさんならではの感性によって、新しい作品へと生まれ変わらせています。
また、年に1〜2回、海のホテルで展示会を主催しています。
高次脳機能障害とともに歩んだ17年
シェルさんは17年前、スポーツ中の事故によって頭部に大きな衝撃を受け、外傷性くも膜下出血などを発症しました。
事故後は、めまいや頭痛、強い眠気などに苦しみ、自宅で横になって過ごす日々が続いたといいます。
しかし、シェルさんを待っていたのは、身体の不調だけではありませんでした。
記憶や注意力、感情のコントロール、音やにおいに対する感覚など、外見からは分かりにくい、さまざまな変化が現れました。
それが、「高次脳機能障害」でした。
高次脳機能障害とともに歩み始めて17年。
現在のシェルさんは、ご自身の経験や日常について発信しながら、アートを通して高次脳機能障害への理解を広げる活動を続けています。
高次脳機能障害とは
高次脳機能障害とは、脳卒中や事故などの病気・けがによって脳の一部が損傷し、記憶や注意、感情のコントロールなどに困難が生じる状態です。
身体に目立った麻痺などがなくても、考えることや行動を調整することが難しくなり、日常生活や仕事に影響が出る場合があります。
外見からは分かりにくいことから、「見えない障がい」ともいわれています。
症状の現れ方や程度は、一人ひとり異なります。
記憶障害
新しいことを覚えるのに時間がかかる、約束や予定を忘れる、同じ質問を繰り返すなどの症状があります。
注意障害
一つのことに集中し続けることが難しい、気が散りやすい、複数の作業を同時に行うことが難しいなどの症状があります。
遂行機能障害
物事の段取りや計画を立てることが難しく、順序立てて効率よく進められないことがあります。
社会的行動障害
感情をうまくコントロールできず、イライラしたり怒りっぽくなったり、こだわりが強くなったりすることがあります。
これらの症状を、本人の性格や努力不足だと決めつけないことが大切です。
周囲が見えない困難を知り、必要な手助けや優しい助言を行うことで、できるようになることもあります。
検査をしても明らかな異常が見つからないことがあり、診断までに時間がかかる場合もあります。
外からは見えない、脳の中の困難
シェルさんは、ご自身の状態を「脳のフィルターが壊れたような感覚」と表現しています。
多くの人が自然に聞き流せる生活音や、気にせずにいられるにおい。
しかし、シェルさんの脳には、それらの刺激が選別されることなく、強い刺激信号として直接伝わってきます。
街のざわめきや工事音、日常生活の中で聞こえるさまざまな音。
一度気になる音を捉えると、脳が「何の音なのか」「どこから聞こえているのか」と原因を探し、強く執着してしまうといいます。
生活の中のにおいや人のにおい、空気や地面のにおいも敏感に感じ取ります。
シェルさんは、ご自身の聴覚と嗅覚について「犬並みです」と表現しています。
周囲の人にとっては何でもない刺激でも、シェルさんにとっては、脳と心を激しく疲れさせる大きな負担になります。
それは、ご本人にとっても「自分でもめんどくさい」と感じてしまうほどです。
しかし、そのつらさが理解されず、「神経質」「わがまま」「性格が変わった」と受け取られてしまうこともあります。
見えないからこそ、伝わりにくい。
伝わりにくいからこそ、当事者が孤立してしまうことがあります。
シェルさんは、ご自身の経験を言葉にすることで、その見えない困難を社会へ伝え続けています。


工事音から逃れるため、海のホテルへ避難
名古屋の中心部にあるマンションで暮らしているシェルさん。
ほかの住居で大規模なリフォーム工事が行われると、その音から身を守るため、自宅を離れなければならないことがあります。
朝9時から夕方5時まで続く工事。
多くの人にとっては、日中だけの一時的な騒音に感じられるかもしれません。
しかし、シェルさんにとっては、脳と神経を一日中責め立てられるような、逃げ場のない苦痛です。
工事が終わり、周囲が静かになっても、受け続けた刺激による疲労がすぐに消えるわけではありません。
外から突然聞こえてくる音に対して、脳が反射的に原因を探し続けてしまいます。
一度その音に意識を奪われると、わずかな響きまで大きく感じられ、頭の中から離れなくなるといいます。
「カフェや図書館などへ出かければよい」と思われるかもしれません。
しかし、名古屋の中心部には、車やトラックの走行音、人の話し声、室外機や道路工事の音など、さまざまな刺激があります。
外に出れば解決するという、単純な問題ではないのです。
そのためシェルさんは、工事が行われる期間、人工的な刺激から離れられる海のホテルへ避難します。
自然の波音が聞こえる静かな部屋で過ごすことで、ようやく脳と神経の平穏を保つことができます。
ホテルに滞在していると聞けば、「優雅」「贅沢」と感じる人もいるかもしれません。
しかし、シェルさんにとっては、娯楽でもバカンスでもありません。
精神的に追い詰められ、心が壊れてしまわないように自分自身を守るための、文字どおりの「避難」です。
静かな場所へ移動することは、見えない苦しみを抱える人が社会の中で生きていくために必要な、大切な環境調整なのです。
海からの贈り物で「好き」を表現する
シェルさんの作品には、貝殻やシーグラス、シー陶器、シータイル、シーレンガなど、海から流れ着いたさまざまな素材が使われています。
形も色も質感も、一つとして同じものはありません。
長い時間をかけて波にもまれ、海を旅してきた素材たち。
シェルさんは、それぞれの違いや個性を生かしながら、ご自身の「好き」を作品として形にしています。
誰かにとっては、海岸に流れ着いた小さなかけらかもしれません。
しかし、シェルさんの手と感性が加わることで、そのかけらは新しい魅力を持つアートへと生まれ変わります。
シェルアートが、自分らしさを表現する方法に
日常生活では、社会に合わせることが難しいと感じる場面があります。
一方、作品づくりの中では、人とは異なる感覚や発想が大きな力になります。
「その発想はなかった」
「これは、シェルさんにしか作れない」
周囲から届くそのような言葉は、自分の違いを弱点ではなく、かけがえのない個性として受け止めるきっかけになりました。
人と同じようにできないことばかりを見るのではなく、自分にしかない感性や、得意なことを大切にする。
「得意を伸ばせばいい」
この言葉には、シェルさんが17年という長い時間をかけてたどり着いた、自分らしく生きるための想いが込められています。


海のホテルで展示会を開催
シェルさんは、年に1〜2回、海のホテルで展示会を主催しています。
海から届いた素材で生まれた作品を、海を感じられる場所で展示する。
そこには、作品を見るだけではなく、海の空気や自然の音も含めて、シェルさんの世界観を感じられる時間があります。
また、シェルさんは、名古屋やその周辺で活動しているクリエイターの皆さまとの、新しい出会いやつながりも大切にしています。
作品づくりや展示活動に興味を持たれたクリエイターの方は、ぜひシェルさんへお声がけください。
経験を未来へつなぐ
シェルさんは、ご自身の日常や高次脳機能障害の症状、周囲からは見えない苦しさについて発信しています。
また、自分だけでは言葉にすることが難しかった複雑な感覚を、AIの力も活用しながら文章にしています。
事故によってできなくなったことがある一方で、新しい方法を取り入れることで、伝えられることもあります。
シェルさんは、これまで積み重ねてきた経験や学びを、これからを生きる当事者やご家族に手渡していきたいと考えています。
シェルさんは、高次脳機能障害について「10年一区切り」と話します。
すべてを周囲に頼るのではなく、自分の脳が喜びを感じられる行動を、無理のない範囲で試してみること。
そして、疲れているのは脳であることを忘れず、脳からのサインを受け取り、しっかりと休むこと。
自分の経験が、同じように悩んでいる誰かの助けになりますように。
高次脳機能障害を知らない人が、理解するきっかけになりますように。
そして、「自分だけではなかった」と感じ、共感し合える仲間が一人でも増えますように。
そのような願いを込めて、シェルさんは発信を続けています。
その人にしかない表現を大切に
高次脳機能障害によって、事故以前と同じ生活に戻ることが難しい場合があります。
それでも、できなくなったことだけが、その人のすべてではありません。
人とは異なる感覚が、作品を生み出す力になることがあります。
これまでの経験が、誰かの心を支える言葉になることもあります。
シェルさんのアートと発信は、外見からは見えない高次脳機能障害の世界を、私たちに見える形で伝えてくれています。
また、シェルさんの作品には、障害の有無にかかわらず、多くのファンがいます。
感覚や個性に違いがあっても、美しいものを見たとき、素敵な景色に出会ったとき、私たちの心は動き、脳はゆっくりとリラックスします。
DARESHiMOGAは、シェルさんの作品や言葉が多くの方に届き、高次脳機能障害への理解が少しずつ広がっていくことを願っています。
そして、誰もが周囲と同じになることを求められるのではなく、それぞれの違いや得意なこと、自分らしい表現を大切にできる社会につながっていくことを望んでいます。
事故から17年。
シェルさんは今、ご自身のやりたいことを一つず
つ形にしています。
何も諦めなくていい。
好きなことを、できるときに行う。
そして、疲れたらしっかりと休む。
「ありがとう」を忘れず、自分らしく生きていく。
それが、シェルアーティスト・シェルさんの現在です。


